「ファンは推しメンに似る」なんてよく言うが、それは少し違う。
似ている部分があるとするならば、それは元々似ているからこそ好きになったのだろう。
より正確に言うと、自分の趣向にマッチしたベクトルに努力しており、
尚且つ自分にはない何かを持っているメンバーに惹かれ、「推しメン」と呼ぶのだ。
私の場合はどうだろうか。
不器用で適当な嘘が言えないところは似ているかもしれない。
「本当はこの仕事に向いていない」と思っていそうなところもまさしく似ている。
そんな雰囲気を醸しつつもしっかりやることはやる姿勢は私にはない。心から尊敬している。
身長は真逆だ。私は子供の頃からひょろひょろと背だけは高かった。
体格がいい方がダンスは見栄えがするので、少し分けてあげたいと思っていたくらいだ。
変な話だが、歌い方も似ているかもしれない。
シンガーソングライターを目指そうという人と比べるのは大変失礼だとは思うが、
あれくらい情感を込めて歌わないと、カラオケで歌っていても楽しくない。
これは楽器も同じことで、私が趣味でやっているクラシックギターでも、
技術はともかく「こういう表現をしたいんだ」という意思だけは強く持って弾くようにしている。
多分、梅本泉を好きになってから、私も少しは真面目になったのではないかと思う。
そういう意味では、「似てきた」というのも当てはまらないことはない。
このブログでも何度か言ってきたが、私は劇場公演が好きである。
指原さんが気になり始めてバラエティー番組をチェックしたり、
鈴蘭が可愛いと思って過去のMVやライブ映像を見たりしていた頃は、
あくまでそれらは「エンターテイメントの消費」に過ぎなかった。
今は違う。私は熱烈にHKT48を、梅本泉を「応援」している。
明確に「こうなってほしい」というビジョンがあるし、
それに少しでも影響するならと、お金を落とすことを惜しまなくなった。
これは単なるショービジネスと断じるようなものではなく、
顧客たる我々ファンは確固たる信頼を持って彼女たちに投資をしている。
誰に何と言われようと、そのプライドだけは譲れないものなのだ。
そんな中で、「選抜」について深く考えたことがあった。
4月の記事にも書いたが、私は梅に選抜入りしてほしいとはあまり思っていなかった。
これは今でも同じ気持ちである。
選抜に入り、歌番組やバラエティーに数多く出演するというのは、
あくまでグループ内での出世の仕方であり、
彼女がそういう活躍をすることについて楽しみだとは、正直思えないのだ。
元々そこまで興味のない歌番組やバラエティーに出るくらいなら、
もっと自分なりの活躍の道を見つけて、そこに向かって自分を磨いてほしい。
そういった思いは梅推しに限らず、
劇場を中心とするメンバーのファンにとっては今更言葉にするまでもないことだろう。
そしてそれが、劇場公演に出続けるだけでは叶わないと思った。
それが梅本泉の出した結論だ。
正直に言うと、全く想像もしていなかった。
しかし、想像もしていなかった割には、私の心は冷静だ。
むしろここまで驚きを感じてない自分に驚いているくらいである。
ただ、今までずっと梅本泉を見てきて、前述したような思いを抱え続けてきたのだから、
考えてもみればそれで驚くのも変な話だ。
今のまま巨大なグループの波に翻弄され続けるよりは、ずっといい。
寂しいとか悲しいとか、そんなことはこっちの勝手である。
梅本泉は、卒業した方がいい。
強がりでも何でもなく、すっきりとそう思えている自分がいる。
こんなことを書いている間に、本人からG+にメッセージが。
「夢をみるだけにしたくはないので、全力で挑戦してみます」
ほうら、見たか。
俺が応援している子は、こんな力強い言葉を使って卒業を宣言するんだぞ。
20代も後半になる自分よりも余程しっかりしている梅本泉さん。
一ファンから心配するようなことは何もない。
納得するまで、心ゆくまで、挑戦することを楽しんでほしい。
私はただ、今まで楽しませてくれたことに感謝するだけだ。
そしてきっと近い将来、彼女はもっとパワーアップして私たちを楽しませてくれるだろう。
ギターを始めてまだ2年も経たないと言っていただろうか。
20歳になる直前にギターを始めた私からしてみれば、全く遅いことはない。
今後の梅本泉の活躍と、才能の開花と、努力の結実を願って。Good luck!
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